STUDIO NOTE

最近よく思うのですが、人間の肉体的な進化のスピードに対して、物体のない情報の進化のスピードが速すぎて、もう脳も体も追いついていないんじゃないのかと感じています。

 

以前は情報処理といっても新聞、テレビ、雑誌くらいのものでしたよね。

 

それがインターネットが普及して、BLOGやSNSやポータルサイトやWEBメディアやキュレーションサイトがどんどん乱立して、まるで砂漠が一気に大森林になるかのような感じです。

 

以前は砂漠の中にあるいくつかのオアシスから選べば良かったのが、巨大な森の中でどの樹のどの実を食べるかを選ばないといけない、そんな感じがします。

 

情報も選択肢も多ければ多いほど良いのでしょうか?

 

ある研究によると、人は情報が多すぎると選ぶのを放棄するんだそうです。また、人は何かを選択する事に対してストレスを感じていて、できれば選ばないで済むようにしたいと思っているらしいんです。

 

実際にデートとかで「何たべたい?」「なんでもいい。」とか、「どんな服が良いと思う?」「どれでも良いよ」とかって、みなさんよく言いませんか?

 

そして、これだけ選択肢が豊富だと、たとえ選んでもそれが最善だったかが気になったり、もっと良いものがあるかもしれないと見送り続けたり、選ばなきゃと焦るだけで時間が過ぎていったり・・・

 

たぶん、この情報速度の加速って行き着く所まで行くまで止まらないと思います。

 

日々処理しなきゃいけない情報は増え続けて、どんどん生活は豊かで便利になるのに、なぜか時間がなくて忙しくなっていく。

 

もうね、直感で選べば良いんじゃないのと。

 

おそらくあと数千年は人の体の構造はそうそう変わらないはずです。1日が24時間っていうのも変わらない。

 

だったら、処理できる情報には限界もあるんだし、無理なものは無理!

 

やりたいこと、たのしいことを優先、ピピッときたことを選ぶ!

 

その上で、何かあったらその責任を自分でちゃんと背負えばいい、そう思う今日この頃です。

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