昨日の『取材旅行 in 淡路島』に引き続き、
今日は愛媛県は弓削島でのお話をしましょう。
弓削島は瀬戸内海にある島々の1つで、
広島県と愛媛県の県境にあります。
近隣で有名なのは村上水軍の因島(広島県)ですね。
瀬戸内海の恵まれた自然環境を抱えてはいるものの、
かつて栄華を誇った造船業などのダウンサイジングに伴って、
現在は過疎化と高齢化のダブルな悩みを持っているそう。
この弓削島へは、桑沢の後輩でフリックスタジオに勤務しつつ、
瀬戸内編集デザイン研究所を主宰する宮畑周平さんを取材に来ました。
宮畑さんとは2009年に一緒に同窓会委員に任命されたご縁もあって、
協力して同窓会ウェブの取材などを行ったりもしていたのですが、
2011年の3月頭に彼がこの弓削島へ移住。
その辺りの話は本家の同窓会ウェブで記事にするのですが、
何よりも彼の行っている事や島を見る目がおもしろいのです。

今回、淡路島での合流から車の運転から案内、
宿泊までさせて頂いて何もかもお世話になった訳ですが、
そんな宮畑家の住むのは奥様のお爺さまが住まれていた古民家。
その築年数、なんと100年レベルとの事。
島という立地で潮風が強いからなのか、
山と海に囲まれて木材の自給がたやすかったからなのか、
焼き杉を壁材として使っている民家が数多くありました。
宮畑家も堂々たる佇まいの、焼き杉の塀。
この焼き杉の塀が経年変化でとても美しい痩せ方をしていまして、
要するに木材の木目の筋の部分だけが残りつつ、
筋以外の部分が削れていってざらざらゴツゴツした手触りなんですが、
そのテクスチャーの気持ち良さ!思わず持って帰りたくなる程でした。

そんな豊かな島の街並も、過疎化と高齢化で荒れ始めていて、
耕作放棄地や、荒れ果てた古民家が点在していました。
こうした問題は色々な根深い原因が絡まっていて、
有名な先生が来て魔法のように一発解決する事はなかなかできません。
自分自身の問題として、自分たちでコツコツと解決していくしかない。

そういった問題を、少しずつ解きほぐすような活動も、
宮畑さんは始めていました。
編集者として、島に住む人々を取材してフリーペーパーを作り、
まず島に住む人々が島のことをきちんと知る事ができるように、
人を繋げるメディアを隔月発刊しているのだそうです。
残念ながらまだWEBなどの島以外への情報発信はしていないそうですが、
いずれ島メディアが何かを動かす原動力になる日が来るんじゃないか、
読ませてもらってそう強く感じました。
実際、取材している間もご近所さんが何か食べ物を持って来たりして、
本当に古き良き日本の生活のカタチが残っている。
弓削島、とてもおもしろく魅力的な場所でした。
オフレコが法人会社化するのはもう少し先になりそうですが、
社員旅行の有力候補地の1つとして今後も要チェックしておきます。